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その日は、インドでも一九九六年12月15日、日曜日だった。 |
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午後、シェリー・チトラ美術館でインドの細密画を見終えて、中国や日本の古い絵画を見ていたら「長野市相生町」の字が書いてあって、オレンジのような絵に「Fruits」というタイトルで中国画という名札が出ているので〈これは日本の果物の箱にくるんである八つ切大ののし紙に違いない。〉と思いながらメモをしていたら、美術館の人が「スケッチをしてはいけない」と、きびしく私を叱った。 |
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18日は、私たちは市内観光の予定だ。11時頃に美術館に行って、自分達の展覧会を見ようと予定をかえた。 |
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翌朝、早くホテルへ。藤沢さんから電話があり |
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| 4日目は、ビーチリゾートとしては最高のモルジブへ。 ここはインドの一部だと思っていたら、一二〇〇の小さな島でできているモルジブ共和国で、回教の国、お酒もタバコもダメなのだ。 夜、インドサリーで着飾った私たちは、夕食後にサメを見に桟橋まで散歩し、桟橋の上で満天の星の下、海風をうけながら自己紹介。 午前中、体験ダイビングを初体験した。 午後、60cm位の深さの透きとおった海に魚がいっぱい、その色とりどりの魚達につつかれながら、どこまでも続く海を泳ぐ。 26日からの、8日間遺跡見学グループは、ボンベイ、オーランガバートを基点に遺跡、石窟めぐり。 それにしても、ボンベイからオーランガバート行きの汽車の一等車の冷房はきつかったこと。ついに私は洋服の上にパジャマを着込んだ。二等車は窓ガラスがないので自然の風が入り、現地の人と交流できてかえって楽しかったそうだ。普通は5時間のところを、10時間もかかってマンマードについた。 エローラやアジャンテの遺跡を見たら〈人間のできないことはなにもないじゃないか〉と私の中に新たな力がわいてくるような感じがした。 帰りは飛行機は30分だからと安心していたら、我ら24名の内、18席しか予約が入っていないのにはあせった。若者組6名は汽車に乗って帰ってもらうことにした。列車組は、ボンベイについたのは、真夜中の2時過ぎていたのではないだろうか? 世界屈指のホテル、タージマハールホテルに泊まり、やっぱり良いホテルはスバラシイ。 今回のスケジュールは、南インド・モルジブグループも、8日間遺跡グループも、考えられる中で最高のスケジュールだったのではないかと思う。 近畿日本ツーリストの岡崎さんと、何度も打ち合わせしたこともよかった。 来年はトルコのカッパドキアに行きたいと自然に浮かんだ。人里離れたところに行こう。今回の旅行で仏教やヒンドウ教、ジャイナ教の信仰の対象として作ったモノが芸術作品として我々にせまるので、次の機会にはキリスト教のモノも見たくなったのである。 でも、トルコは寒そうなので、エジプトやアルゼンチンなど、あったかいところへ行くのもいいかなと思っている。決まりしだい、お知らせします。 97年の年末には、ご一緒に旅行に行きましょう。いまから計画していて下さい。 |
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