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旭川市で、夜に講座が終わって、昔の友だち二人と夕食を共にした。
一人が「月刊・たくさんのふしぎ」(福音館・一九九九年七月号)『時をながれる川』古沢 仁・文/絵 という本をプレゼントしてくれた。
私たちが住んでいた、北海道の炭鉱町、沼田町字浅野を流れる幌新太刀別川〈ホロニイタチガワ〉にそって見られる崖や川床から、たくさん化石がみつかったのだそうだ。その化石から古代、八〇〇万年、一五〇〇万年前のデスキスチルスという哺乳類の化石も発見された。今から八八〇〇万年前の生き物、アンモナイトも発見されたそうで「今から八八〇〇万年前の時間を旅しましょう」という絵本だった。
「ほら、崖のあちこちに化石がいっぱいあったわよ。石炭にだってくっついていた。わたし達、無知だったから、どんどん燃やしてしまったよね」
「私が川におちて、やっと岩のようなものにつかまって、命が助かったんだけど、その岩は、牛を頭のような形していて、そのことを家族に言っても、誰も信じてくれなくて・・・」と二人の友だち。
その川から、貴重な化石が次々と発見されているらしい。
私は、私の生まれたところ「太刀別」という地名が出てきたことにおどろいた。私が小学校三年生以降、地名がなくなったはずだ。
家の裏には川が流れていて、少し上流に行くと、山側から流れる川と、隣の炭鉱町からの川が交流しているところがあった。私の夢にしばしばでてくるところだ。
「白い川と黒い川と呼んでいたわ。白い川まで、よく友だちを引き連れて泳ぎに行ったものよ」と友だち。
「山からのきれいな川まで洗濯に行ったわ。その川は、この絵本のどこかしらね」と昔話に盛り上がった。
その絵本の水色にぬってあるところは、私達の小・中学校があった炭鉱町。今はダムの底だ。そこから徒歩一時間ほどのところが太刀別で、駅しかないところだった。そこで、私は生まれ、小学校二年まで過ごした。
「絵本の中に、昔の地図も書いてくれなくっちゃね」と、私たち三人はその絵本の上に「ここが、あーだ、こーだ」と書き入れる。
「あの川の名前を、私は太刀別川と言ってた」「幌新をホロニイではなく、ホロシンと言ってたよね」と私ともう一人。
「いや、私はホロニよ」と別の友だち。
「キミ子さん、旭川に来ているうちに、この太刀別川探訪に行こう。教育委員の山下氏に連絡したら案内してくれると思う」と、盛り上がった。
その山下氏とは、高校時代に生徒会役員で、よく議論したものだ。彼とはいつも話が合わなかった。後年、その理由がわかった。彼はタテマエの人で、私はホンネの主張だったからだ。どうしてもニガテな人という意識があったが、今や地元の中学校の先生をして、土、日は、川に化石探しに行っているという。
私の記憶の中にしか残っていないと思っていた、私の生まれた太刀別の町が、思いがけず、古代の化石発掘でにぎやかになっていた。沼や木イチゴの群生するところや、キノコのなるところ、山ブドウのたくさんとれる山は、今もかわりないのだろうか?
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