|
私は電話が苦手である。早く連絡しなければならないことがあると、今ではFAXが一番好きだ。外国との交信はEメールの方が早くていいが、Eメールは絵が描けないので面白くない。事務文書のみという感じになる。どうしても電話をしなければならないことは、ぐずぐずと後まわしになる。外国暮らしが好きなのは、電話がないことも理由の一つだ。
私が、初めて電話を使ったのは十九才の頃だ。北海道の片田舎から(テレビドラマ「すずらん」の駅は私の駅から二つ目)東京に出て来た時である。当時は電話交換手を通した電話の時代であった。
電話番号をまわすと交換手が出る。そして、何かを交換手が言った。その東京弁らしき言葉がわからない、早口でわからないのだ。
私は、「エッ?」と聞き返した。そうすると交換手がまた何かを言う、先程と同じ早い口調。私はまた、「エ?」と聞く。日本語と思えない同じ口調でくり返すだけだ。「なんと言いましたか?」と私は聞いた。そうすると「いいかげんにして下さい!!」という怒り声で、ガチャンと電話が切られてしまった。それ以来、電話恐怖症である。
私の息子たちが小・中学生の頃は、彼らの学校からは苦情の電話しかこなかったので、ホトホト電話恐怖症になった。
何時だったかハワイ経由でニュージーランドから帰って来た時、ダブルブッキングで私の席がないという場面にでくわした。
予定時間通りには帰れず、他の飛行機に乗り換えねばならなかった。だから、成田へ迎えに出ている予定の日本の家族に電話連絡しなければならない。電話が苦手の私はあたりかまわず日本人をつかまえて、電話のかけ方を教わったら、交換手がでてくるやり方であった。
「あー、又、交換手の言葉がわからない。」日本語ではなく英語ときているから、一九才の頃どころでなく恐怖である。しかし、五〇才過ぎた私は生活の知恵がついている。そこで、相手が何を言おうが無視して、ただひたすらこちらの用件のみをまくしたてることにした。
「コレクトコールと○○番号へつないでほしい。」とそればかりくり返した。そして連絡に成功した。
今では外国でどうしても電話で連絡をとらなければならない時は、テレフォンカードの使い方などは、近くにいる誰かをつかまえて聞くことにしている。イタリアのテレフォンカードは、角を落とさないと使えない仕組みになっていた。
先日、羽田空港で自宅に電話をしようとして公衆電話にカードを入れようとしたら、私のカードが入らない。電話機のカード入れが小さすぎるのだ。〈おかしいな?〉と隣の電話に試す。それもダメだった。別の場所の電話を探す。しかしダメだった。世の中が変わっちゃったのか、私のカードはもう古いのか、新しい機械がどんどんできるからなあ・・・としみじみカードを眺めたら、それは地下鉄のカードであった。
|